コロナの収束が見えず、不安な毎日を過ごされている方が多くいると思います。
仕事を休業しなければならない、従業員に給料が払えない、当面の生活費がない、子どもの教育をどうしようか?
など、色々な悩みがあると思います。
そんな中、私は今回のコロナの件を受けて、次なるウイルスへの備えをしなければならないと考えています。
2015年のTEDにて、ビルゲイツは話しています。
我々が本当に備えなければならないのは、核戦争による第三次世界大戦ではなく、ウイルスとの戦いだと。
先見の明がある人は違いますね。
世界は、そのための準備をしていないというお話。
では、世界レベルの話は無理だとしても、一般人の私たちにもできることはないのでしょうか?
私は今日、こんなツイートをしました。
つまり、有事の際に助け合える状況を作っておく必要があるということです。
今回のコロナの件ではっきり見えたことは、どんな業種の方でも、厳しい状況におかれる可能性が今後もあるということです。
個人の力で生きる限界
いつから人間は「家族・世帯」という社会的に最小単位での活動をするようになったかというと、およそ1万年前です。
人類の歴史を400万年前から考えると最近に感じますが、数十万年前までは狩猟採集民族として生活をして、1万年前から農耕と動物の家畜化が始まりました。
その頃から、最小単位での生活にシフトしていき、現在に至っている訳です。
社会には、個人がそれぞれ主体性をもって活動していますが、
赤の他人・顔見知り・友達・家族・世帯・会社など
色々な集団とした単位を考えると、本当に厳しい状況にある時に助け合える仲間の少なさを感じます。
「友達以上恋人未満」とはよく言ったものですが、「友達以上家族未満」の仲間の集まりがあっても良いのではないでしょうか?
オンラインでの繋がりの希薄性
ZOOMが流行しているようです。
テレワークが推奨されるようになってから、オンライン上で会議できるツールが流行るのは当然のことと思えますね。
ですが、私が驚いたのは「オンライン上での飲み会ブーム」です。
人は、とにかく群れを形成していたいのだとつくづく感じますね。
ヒトは虚構や噂話をすることによって生き延びてきた。
あるいは宗教的に信じるものがあって、それを頼りにみんなで想いを統一してきたという歴史があります。
DNA的に備わっているんですね。集まる力が。
ですが、ネット上で早くも声が上がっているようです。
「間がもたない」
「気を遣って疲れる」
こんなあたりでしょうか。
新しいもの好きで、最初は楽しいかもしれませんが、人間が本来持っている温もりや暖かさをデジタル上で感じるのは、まだまだ課題がありそうです。
コミュニティを持つ人が生き残る
ですから、オフライン上の、ちょっと深い仲間が必要なんです。
過去に私はこんなnote書きました。
ONE PIECEという有名な漫画の主人公ルフィは自分一人では何も出来ないけど、仲間がいるから強いという考え方です。
非常に素晴らしい考え方だと思います。
みんな得意なことも苦手なこともあるんですよね。
それをさらけ出したり、認め合ったり、補ったりするような仲間がONE PIECEの仲間にもいえることだと思いますし、私たちにも必要だと考えます。
核家族化が進んだ現代において、家族がいればまだいいですが、完全に個人一人で生きている人も多くいます。
精神的に追い詰められて、心を病んでしまう人も多くいるのではないでしょうか。
今の時代は住む場所を選ばず、オンライン上で繋がることはできますが、やはり人は最終的にオフライン上の温かみのある場所に必ず戻ります。
デジタルの技術は使い倒さなければいけないと思いますが、使い倒す人は結局、人を求めるものだと考えます。
ツールとしてオンラインを活用し、オフライン上のコミュニティを作っておくことは、再びくる災害や感染症、世界的な危機への備えとして必要なことだと思います。
まとめ
私は、新しい生活単位を現在模索しています。
一つの選択肢ではなく、複数の選択肢をもてる新しい生き方です。
しかも、遊ぶように生きて、それでいて人としての承認欲求も満たせるような、そんなチームを作っていきたいと思います。